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1992/3/24生 牡 栗毛 父:ブライアンズタイム 母:アルプミープリーズ (by Blushing Groom) 生産者:新冠・川上悦夫(JPN) 馬主:田所祐氏 調教師:坂口正大(栗東)
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[解 説]当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記 マヤノトップガンは1992年3月新冠の川上悦夫氏の牧場にて生まれた。父ブライアンズタイムはアメリカ産で21戦5勝。主な勝ち鞍としてはフロリダダービーとペガサスHがある。これは一流の成績とはいえないが、早田牧場が種牡馬として日本に輸入されてから大一番で底力のある血統として成功し、四冠馬ナリタブライアンを筆頭に、皐月賞、ダービーを勝ったサニーブライアン、皐月賞のノーリーズン、桜花賞・秋華賞及びエリザベス女王杯のファレノプシス、オークスのチョウカイキャロル、有馬記念のシルクジャスティス他重賞勝ち馬を多数輩出している。ちなみにブライアンズタイムの日本導入にはこの川上氏の助言が早田氏を動かしたと言われている。母アルプミープリーズ(父 ブラッシンググルーム)は1981年アメリカ産馬で不出走。川上氏がこの馬の母の父であるヴェイグリーノーブルの血が欲しくて、1990年に導入した繁殖牝馬である。またアルプミープリーズの弟のスィンクは27戦4勝ながらパリ大賞典G1を勝っている。ブラッシンググルームは1989年の英愛リーディングサイヤーを獲得した大種牡馬である。マヤノトップガンは大きくはなかったが、素軽い動きで牧場でも目立つ存在で順調に育てられた。ところが川上氏の牧場は1993年莫大な負債を背負い、50頭いた繁殖牝馬を17頭まで減らさねばならなかった。その中には母アルプミープリーズが含まれていた。アルプミープリーズは翌年他界した。 マヤノトップガンは神戸で病院を経営する田所祐氏の持ち馬として、栗東・坂口正大厩舎に入厩した。ちなみに「マヤノ」は神戸六甲にそびえる摩耶山に由来し、坂口厩舎に入厩させる馬にはこの冠号を用いていた。四歳の1995年1月、ダート1200mの京都新馬戦に武豊を鞍上に1番人気でデビュー。しかしのちの桜花賞馬ワンダーパヒュームの5着に敗れる。その9日後の1月17日、阪神地区に未曾有の大地震が発生。オーナーの田所氏の病院も壊滅的打撃を受けた。マヤノトップガンは失意のオーナーを励まそうと頑張ったが、ソエが出る体質でなかなかレースで力を発揮できず、未勝利脱出までさらに3戦、500万条件を突破するのに3戦を要し、春のクラシックには間に合わなかった。中京でさらに2戦して3着と1着。賞金を上積みして秋に備えた。 秋は神戸新聞杯から始動。この馬の主戦田原成貴騎手を鞍上に5番人気で2着。つづく京都新聞杯も2着。勝つことはできなかったが、賞金をさらに上積みし菊花賞への出走権を得た。しかも春の実績馬は秋になって精彩を欠いていて、マヤノトップガンは秋の上がり馬として俄然注目を集めるようになった。第56回菊花賞は晴良馬場18頭のフルゲートで行われた。1番人気は牝馬ながら果敢に挑戦したオークス馬ダンスパートナー。マヤノトップガンは3番人気に支持されていた。田原騎手は終始5番手以内につけるステイヤーの正攻法で騎乗し、トウカイパレス以下に3分4秒4の好タイムで快勝した。 マヤノトップガンは有馬記念に駒を進めた。第40回有馬記念で注目を集めたのは前年の三冠馬ナリタブライアンである。ナリタブライアンは股関節を痛め休養後の天皇賞・秋、ジャパンカップを12着、6着と全くの不本意な成績に終わっていた。しかし前年のあの豪脚が鮮烈な印象に残っているファンは彼を1番人気に支持した。マヤノトップガンは6番人気であった。前走の菊花賞は出走馬と展開に恵まれたとみるファンが多かったのである。マヤノトップガンと田原騎手はスタートするとゆっくりと先頭に躍り出た。これは誰もが予想しなかった展開である。他馬は中団に位置するナリタブライアンをマークしていた。やがて3コーナーを迎えナリタブライアンが外から上がってきた。前年はいつもこのような競馬をして圧勝していたナリタブライアンである。しかしやはり前2走と同様伸び脚がない。反面マヤノトップガンには余裕があった。タイキブリザートの追撃を1馬身振り切ってゴールに飛び込んだ。菊花賞馬だけに伏兵扱いはされなかったが、それでも田原騎手の好騎乗ぶりが評価されて、マヤノトップガンの実力は未だ計りかねていた。それはともかく菊花賞と有馬記念に勝ったことで年度代表馬に選ばれた。 五歳は阪神大賞典から始動し、ナリタブライアンと年度代表馬対決となった。当然この2頭が上位人気を独占しマヤノトップガンが1番人気だった。直線の手前ではこの2頭が他馬を引き離しマッチレースのような展開となった。直線は2頭の激しい叩き合いが続き、結局ナリタブライアンが先着した。天皇賞・春は復活を思わせたナリタブライアンが1番人気、マヤノトップガンが2番人気であった。阪神大賞典のような名勝負を期待されたが、遅れてきた大物サクラローレルがナリタブライアンを捕らえて優勝。マヤノトップガンは馬場を気にして5着に敗退した。開催日程変更で宝塚記念が1ヶ月繰り下がったのでマヤノトップガンは短期放牧に出された。 第37回宝塚記念はナリタブライアンとサクラローレルが出走を回避し、G1馬はマヤノトップガンの他はオークス馬ダンスパートナーと、もはや過去の馬といえるレガシーワールドとヤマニンパラダイスであった。格の上から対抗できるのはダンスパートナーのみであり、当然13頭立ての1番人気に支持された。マヤノトップガンは好位から直線を抜け出す堂々たる横綱競馬でサンデーブランチ以下を寄せ付けずに完勝。1番人気で勝ったのははじめてであった。完勝といっても出走馬の実力を考えれば評価は低いものであった。しかし阪神大震災で弟夫婦が被災したオーナーの田所氏は、震災復興支援競走と銘打たれた阪神競馬場でのこの宝塚記念の勝利がもっとも印象に残っているという。 秋はオールカマーから始動。サクラローレルを差し置いて1番人気に支持された。しかし重馬場、59キロという不利な要素はあったものの、サクラローレルの斬れ脚の前に4着に敗れた。不様な愛馬に田原騎手は「情けない」と吐き捨てた。しかしマヤノトップガンは並の馬ではなかった。4番人気まで落ちた天皇賞・秋では四歳の天才バブルガムフェローを捕らえることはできなかったものの半馬身差の2着に入線した。サクラローレルは馬群に揉まれ脚を余しての3着であった。ジャパンカップは回避し有馬記念に直行した。これは他の有力馬サクラローレル、マーベラスサンデーらも同様であった。1番人気はサクラローレル、2番人気はマヤノトップガン。天皇賞・秋で先着したとはいえ、実力はサクラローレルの方が上とファンはみなしていたのである。そしてレースはサクラローレルがタイキブリザート以下に完勝。マヤノトップガンはどうしたことか7着に惨敗。昨年の年度代表馬の実力はサクラローレルの壁を打つ崩せず、雪辱戦は翌年に持ち越されることになった。 六歳春は阪神大賞典から始動した。強敵もいない相手で1番人気に支持された。スタートするとマヤノトップガンと田原騎手は最後方に付けた。これまで逃げ先行で結果を残していたマヤノトップガンだけに、このレース展開に観衆はどよめいた。しかし直線で堂々と抜け出して完勝。田原騎手は「馬の気持ちに逆らわずに乗っただけ」と言ったが、これはおそらくサクラローレルのあの末脚に対抗するための予行演習であったのであろう。 第115回天皇賞・春は有馬記念で鎬を削ったサクラローレル、マーベラスサンデーも出走し、三強が揃い踏みし大いに盛り上がった。この天皇賞を最後にフランスに遠征するサクラローレルが有馬記念以来にも関わらず1番人気。マヤノトップガンは2番人気であった。マヤノトップガンにとってはサクラローレルに雪辱する最後の機会である。スタートするとマヤノトップガンは後方に位置した。それもサクラローレルよりも後ろである。田原騎手はサクラローレルには今までのように好位から抜け出しては勝つことができない。道中は後方に位置し、直線でサクラローレルを上回る末脚を繰り出して一気に差し切るしかない、と考えていた。やがて勝負所の3コーナーを迎え、有力馬が動き出す。マーベラスサンデーは先頭に立ち、サクラローレルはすでに射程圏にいた。マーベラスサンデーと武豊がいつにない粘り強さを発揮して逃げ込みをはかる。しかしサクラローレルが鬼脚を繰り出してマーベラスサンデーを競り落とした。あと200m、やはりサクラローレルは強いと思った瞬間、外からマヤノトップガンが断然の脚色で追い込んできた。サクラローレルと横山騎手は必死に粘ったが、マヤノトップガンの執念が勝り、サクラローレルに1馬身差をつけて勝利をもぎ取った。タイムは従来記録を3秒も短縮する3分14秒4の日本レコードであった。三強がそれぞれの持ち味を発揮したこのレースは歴史ある天皇賞・春でも指折りの名勝負となった。しかし激走したマヤノトップガンにとってはそれは大きな代償となった宝塚記念を目指したマヤノトップガンであったが、脚部不安を発症して、この天皇賞を最後に引退した。G1競走を4勝。再三苦杯を舐めさせられたサクラローレルを日本レコードで粉砕したマヤノトップガンにもう無理して走らせる必要はなかった。 引退したマヤノトップガンはレックススタッドで種牡馬生活に入った。バンブーユベントス、チャクラなど重賞勝ち馬は輩出しているものの、クラシック路線を賑わせるような大物は今のところ輩出していない。サンデーサイレンス、ブライアンズタイムが跋扈する馬産界では苦戦を強いられている。額に大きな流星が走る見栄えのする栗毛のマヤノトップガンは、その派手な馬体と同様に派手なレースを展開し、同時代に活躍した馬たちの中でも格別の人気を誇っていた。G1競走4勝という類い希な実績で、顕彰馬に殿堂入りも検討されたが、惨敗が多いという理由で果たせなかった。それでも産駒成績次第ではまだ望みはある。いつの日かマヤノトップガンの仔がクラシック戦線を賑わせることをファンは期待している。 2004年4月25日筆 |
| 齢 | 日付 | 競馬場 | 競走名 | 距離 | 馬場 | 頭数 | 人気 | 着順 | 時計 | 騎手 | 斤量 | 馬体重 | 1着馬(2着馬) |
| 四 | 1995/1/8 | 京都 | 新馬 | ダ1200 | 良 | 16 | 1 | 5 | 1:14.9 | 武豊 | 55 | 446 | ワンダーパヒューム |
| 〃 | 1995/2/19 | 京都 | 未勝利 | ダ1200 | 良 | 14 | 4 | 3 | 1:14.2 | 田原成貴 | 55 | 438 | スタースワロー |
| 〃 | 1995/3/11 | 京都 | 未勝利 | ダ1200 | 稍 | 8 | 1 | 3 | 1:14.2 | 武豊 | 55 | 444 | ポリシュアドミラル |
| 〃 | 1995/3/25 | 京都 | 未勝利 | ダ1200 | 良 | 14 | 2 | 1 | 1:13.0 | 武豊 | 55 | 440 | (ランドゼノビア) |
| 〃 | 1995/4/15 | 京都 | 500万下 | ダ1200 | 重 | 14 | 3 | 3 | 1:12.6 | 武豊 | 55 | 434 | フサイチビクトリー |
| 〃 | 1995/5/7 | 京都 | 500万下 | ダ1200 | 良 | 11 | 4 | 3 | 1:12.1 | 田原成貴 | 55 | 430 | ワカサアイネス |
| 〃 | 1995/5/28 | 中京 | 500万下 | ダ1700 | 良 | 11 | 4 | 1 | 1:46.8 | 田原成貴 | 55 | 442 | (キタサンシルバー) |
| 〃 | 1995/6/18 | 中京 | ロイヤルホンコンJC | 2000 | 良 | 13 | 5 | 3 | 2:01.3 | 田原成貴 | 55 | 440 | フェアダンス |
| 〃 | 1995/7/9 | 中京 | やまゆりステークス | 1800 | 良 | 16 | 2 | 1 | 1:49.8 | 田原成貴 | 54 | 442 | (スリリングアワー) |
| 〃 | 1995/9/17 | 京都 | 神戸新聞杯(G2) | 2000 | 良 | 14 | 5 | 2 | 1:59.8 | 田原成貴 | 56 | 452 | タニノクリエイト |
| 〃 | 1995/10/15 | 京都 | 京都新聞杯(G2) | 2200 | 良 | 15 | 2 | 2 | 2:11.5 | 田原成貴 | 57 | 452 | ナリタキングオー |
| 〃 | 1995/11/5 | 京都 | 菊花賞(G1) | 3000 | 良 | 18 | 3 | 1 | R3:04.4 | 田原成貴 | 57 | 454 | (トウカイパレス) |
| 〃 | 1995/12/24 | 中山 | 有馬記念(G1) | 2500 | 良 | 12 | 6 | 1 | 2:33.6 | 田原成貴 | 55 | 458 | (タイキブリザード) |
| 五 | 1996/3/9 | 阪神 | 阪神大賞典(G2) | 3000 | 良 | 10 | 1 | 2 | 3:04.9 | 田原成貴 | 58 | 460 | ナリタブライアン |
| 〃 | 1996/4/21 | 京都 | 天皇賞・春(G1) | 3200 | 良 | 16 | 2 | 5 | 3:18.8 | 田原成貴 | 58 | 456 | サクラローレル |
| 〃 | 1996/7/7 | 阪神 | 宝塚記念(G1) | 2200 | 良 | 13 | 1 | 1 | 2:12.0 | 田原成貴 | 58 | 454 | (サンデーブランチ) |
| 〃 | 1996/9/15 | 中山 | オールカマー(G2) | 2200 | 重 | 9 | 1 | 4 | 2:17.6 | 田原成貴 | 59 | 456 | サクラローレル |
| 〃 | 1996/10/27 | 東京 | 天皇賞・秋(G1) | 2000 | 良 | 17 | 4 | 2 | 1:58.8 | 田原成貴 | 58 | 456 | バブルガムフェロー |
| 〃 | 1996/12/22 | 中山 | 有馬記念(G1) | 2500 | 良 | 14 | 2 | 7 | 2:35.3 | 田原成貴 | 57 | 472 | サクラローレル |
| 六 | 1997/3/16 | 阪神 | 阪神大賞典(G2) | 3000 | 稍 | 9 | 1 | 1 | 3:07.2 | 田原成貴 | 59 | 464 | (ビッグシンボル) |
| 〃 | 1997/4/27 | 京都 | 天皇賞・春(G1) | 3200 | 良 | 16 | 2 | 1 | R3:14.4 | 田原成貴 | 58 | 458 | (サクラローレル) |
| 距離区分 | 戦 | 1着 | 2着 | 3着 | 連対率 | 主な勝鞍 |
| 1400m未満 Sprint | 0.000 | |||||
| ダート1400m未満 Sprint | 6 | 1 | 0 | 4 | 0.167 | |
| 1400〜1900m未満 Mile | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
| ダート1400〜1900m未満 Mile | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 1900〜2200m未満 Intermediate | 3 | 0 | 2 | 1 | 0.667 |
| 2200〜2800m未満 Long | 5 | 2 | 1 | 0 | 0.600 | 1996宝塚記念 1995有馬記念 |
| 2800m以上 Extended | 5 | 3 | 1 | 0 | 0.800 | 1995菊花賞 1997天皇賞・春 |
| 芝コース通算 | 14 | 6 | 4 | 1 | 0.714 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ダートコース通算 | 7 | 2 | 0 | 4 | 0.286 |
| 競馬場 | 戦 | 1着 | 2着 | 3着 | 連対率 | 主な勝鞍 |
| 中京 | 3 | 2 | 0 | 1 | 0.667 | |
| 中山 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0.333 | 1995有馬記念 |
| 京都 | 11 | 3 | 2 | 4 | 0.455 | 1995菊花賞 1997天皇賞・春 |
| 東京 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1.000 | |
| 阪神 | 3 | 2 | 1 | 0 | 1.000 | 1996宝塚記念 |
| 通算 | 21 | 8 | 4 | 5 | 0.571 |
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| ブライアンズタイム Brian's Time 1985 黒鹿 |
Roberto | Hail to Reason | Turn-to | Royal Charger |
| Source Sucree | ||||
| Nothirdchance | Blue Swords | |||
| Galla Colors | ||||
| Bramalea | Nashua | Nasrullah | ||
| Segula | ||||
| Rarelea | Bull Lea | |||
| Bleebok | ||||
| Kelley's Day | Graustark | Ribot | Tenerani | |
| Romanella | ||||
| Flower Bowl | Alibhai | |||
| Flower Bed | ||||
| Golden Trail | Hasty Road | Roman | ||
| Traffic Court | ||||
| Sunny Vale | Eight Thirty | |||
| Sun Mixa | ||||
| アルプミープリーズ Alp Me Please 1981 栗 |
Blushing Groom | Red God | Nasrullah | Nearco |
| Mumtaz Begum | ||||
| Spring Run | Menow | |||
| Boola Brook | ||||
| Runaway Bride | Wild Risk | Rialto | ||
| Wild Violet | ||||
| Aimee | Tudor Minstrel | |||
| Emali | ||||
| Swiss | Vaguely Noble | ヴィエナ | Aureole | |
| Turkish Blood | ||||
| Noble Lassie | Nearco | |||
| Belle Sauvage | ||||
| Gala Host | My Host | Alibhai | ||
| Boudoir | ||||
| Huspah | Shut Out | |||
| Risolater |