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1963/5/3生 1989/5/31没 牡 黒鹿毛 父:ロイヤルチャレンジャー 母:スイートイン (by ライジングライト) 生産者:新冠・シンボリ牧場(JPN) 馬主:和田共弘氏 調教師:野平富久、野平省三(中山)
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[解 説] スピードシンボリは1963年新冠のシンボリ牧場にて生まれた。父ロイヤルチャレンジャーはアイルランド産馬で現役時10戦4勝の平凡な馬。鋭いスピードに欠き、このスピードシンボリ以外に大レースの勝ち馬はいない。母スイートインは現役時10戦2勝で北海道三歳Sを勝っている。その父ライジングライトはシンボリ牧場が導入した種牡馬でイギリスのキングジョージ六世の持ち馬として知られており、代表産駒としては菊花賞馬ハククラマなどがいる。血統的には典型的な晩成ステイヤーを目指したといえる。生まれた頃のスピードシンボリは脚だけがやたらと長くて、胸の薄い体型でまるで目立った存在ではなかったという。 シンボリ牧場のオーナー和田共弘氏の持ち馬として、中山の野平富久厩舎に入厩したスピードシンボリは10月中山でデビューした。初戦、2戦目と4着に敗れたが東京での未勝利戦で勝ちあがった。その後条件、特別と連勝。6戦3勝で三歳戦を終える。 四歳は2月の弥生賞から始動。スピードシンボリは早くも壁にぶつかってしまう。弥生賞6着後の京成杯は勝ったものの、皐月賞は23頭立の21着、NHK杯は19頭立ての13着。そしてダービーでは28頭立ての27番人気まで暴落してしまった。その後の活躍を考えると信じられない数字であるが、テイトオーの8着に入るのがやっとだった。雪辱を期した短波賞でも6着に敗れ、まったくいいところがなかった四歳春であった。しかし秋になると奥手の血が騒ぎ出したのか見違えるような馬体に変身した。京王杯2着、セントライト記念3着の後に挑んだ菊花賞はナスノコトブキとの競り合いになった。かなりきわどい写真判定であったが、軍配はナスノコトブキに上がった。結局スピードシンボリのクラシックは無冠に終わった。しかしコレヒデの勝った有馬記念では四歳最先着となる3着に粘り、来年に夢をつないだ。 五歳春は最高の充実期であった。AJC杯、目黒記念を連勝して挑んだ天皇賞・春は1番人気で迎えられ、カブトシロー以下に完勝。当時の天皇賞は優勝すると二度と出走できないことになっていて、その後の目標は年末の有馬記念ぐらいしかなかった。しかし早くから世界に目を向けていた和田オーナーは、敢然とアメリカのワシントンDC国際競走に日本代表として出走させることにした。結果は野平祐二騎手を背に好位追走するもアメリカの芝チャンピオン馬フォートマーシーの5着。しかし過去ワシントンDCに出走したタカマガハラ、リユウフオーレルの日本馬はほとんど最下位に近く、スピードシンボリ後も5頭の馬が挑戦してことごとく惨敗したことを考えると、これは今現在評価しても善戦といえた。帰国後の有馬記念は1番人気に推されたが、カブトシローの狂走にあって4着に敗れた。 六歳はAJC杯、ダイヤモンドS、中山記念を5着、6着、8着に敗退。不慣れな海外遠征の疲労が抜けきれていない様子であった。5ヶ月の休養後のオープンを快勝。その後アルゼンチンJC杯、オープンと連勝して、有馬記念に出走。しかし不良馬場に持ち味を殺され、リュウズキの3着に敗れた。 普通の馬ならこのあたりで引退するところであるが、スピードシンボリは七歳になっても現役を続行した。AJC杯はアサカオーの3着に敗れたものの、目黒記念、ダイヤモンドSを連勝し、アルゼンチンJC杯も2着に粘った。3戦連続の重馬場での好走にスピードシンボリの成長を見た和田オーナーは、競馬の本場ヨーロッパへの遠征を決意した。7月のイギリスのアスコットでのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスは直線で先頭に立ち「あわや」と思わせる5着に好走。8月はフランスのドーヴィル大賞典は11頭立て10着。10月には最終目標である世界最高峰の凱旋門賞に出走。24頭立てで行われ、レヴモスの10着という結果であった。出走馬のレベルと、遠征馬の不利を考えるとこの着順は好成績に属するものであろう。しかし当時の日本馬のレベルでは先着した9頭の壁はとてつもない厚い壁であることを思い知らされた一戦であった。帰国後は有馬記念に出走。遠征疲れが懸念されて6番人気という低い評価であった。しかしスピードシンボリは歴戦の強者であった。菊花賞馬の新鋭アカネテンリュウをハナの差競り勝って念願のグランプリを獲得したのであった。 天皇賞、有馬記念を得て、海外遠征もこなしたスピードシンボリは、八歳という年齢を考えれば今度こそ引退をしても全然おかしくなかった。しかし和田オーナーはこの年日本で国際招待レースが開催されると聞いて、現役を続行したのであった。オーナーは遠征の不利がなければ世界的にも引けをとらないと考えていた。しかしこのレースは御破算となり、結局有馬記念を目標に調整することになった。4年連続の出走となったAJC杯を快勝。年齢的な衰えなどまるで感じさせなかった。アルゼンチンJC杯2着を叩いて、唯一獲りそこなっていた古馬の準目標とされた宝塚記念に出走し、1番人気に応えて優勝。その後は日本経済賞、毎日王冠を3着、2着。しかし次走のハリウッドターフクラブ賞(現在の京都大賞典)を55キロの斤量にもかかわらず7着に敗退。引退レースで連覇を狙う有馬記念は3番人気という評価であった。1番人気は昨年の雪辱に燃えるアカネテンリュウ。八歳という年齢を考えればこの人気通りの着順であってもそれなりに評価されたことだろう。しかし四歳から5年連続出場となる有馬記念のコースをスピードシンボリは熟知していた。長く主戦を務めた野平騎手の絶妙の騎乗もあって、再びアカネテンリュウをクビ差振りきってグランプリを連覇した。 引退したスピードシンボリはシンボリ牧場で種牡馬として供用された。しかしスピードシンボリの強靭な精神力を受け次ぐ産駒は現れず、1989年5月門別シンボリ牧場で老衰で死去。しかし母の父としてはスイートルナを通じて、史上最強馬シンボリルドルフにその不屈の遺伝子を提供している。種牡馬としては成功しなかったのは残念ではあるが、故障らしい故障もなく、2回の海外遠征を含め6年の長きに渡って現役を続けたスピードシンボリはまさに「無事是名馬」を地で行くような馬であった。1990年、その業績を評価されて顕彰馬に選定された。名競走馬必ずしも名種牡馬ならずという格言は特に内国産種牡馬にあてはまる。そうした現実を考えると、スピードシンボリのように長く現役を続けるのも、決して悪くない考え方である。 2001年12月31日筆
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| 齢 | 日付 | 競馬場 | 競走名 | 距離 | 馬場 | 頭数 | 人気 | 着順 | 時計 | 騎手 | 斤量 | 1着馬(2着馬) |
| 三 | 1965/10/3 | 中山 | 新馬 | 1200 | 良 | 8 | 2 | 4 | 1:15.7 | 野平祐二 | 51 | シヨウグン |
| 〃 | 1965/10/17 | 中山 | 新馬 | 1200 | 良 | 11 | 4 | 4 | 1:15.2 | 津田昭 | 51 | ミスハヤシヤ |
| 〃 | 1965/11/21 | 東京 | 未勝利 | 1200 | 稍 | 9 | 1 | 1 | 1:14.1 | 津田昭 | 51 | (ハーバータロー) |
| 〃 | 1965/12/12 | 中山 | 50万下 | 1200 | 重 | 14 | 1 | 1 | 1:15.2 | 野平祐二 | 52 | (ドリームホース) |
| 〃 | 1965/12/25 | 中山 | 三歳特別 | 1600 | 重 | 17 | 2 | 1 | 1:39.8 | 野平祐二 | 52.5 | (オンワードヒル) |
| 四 | 1966/2/27 | 東京 | 弥生賞 | 1600 | 重 | 14 | 7 | 6 | 1:40.4 | 津田昭 | 53 | タマシュウホウ |
| 〃 | 1966/3/20 | 中山 | 京成杯 | 1600 | 稍 | 10 | 1 | 1 | 1:40.2 | 津田昭 | 54 | (オンワードヒル) |
| 〃 | 1966/4/17 | 中山 | 皐月賞 | 2000 | 稍 | 23 | 5 | 21 | 2:10.9 | 津田昭 | 57 | ニホンピロエース |
| 〃 | 1966/5/8 | 東京 | NHK杯 | 2000 | 稍 | 19 | 11 | 13 | 2:07.2 | 野平祐二 | 55 | ナスノコトブキ |
| 〃 | 1966/5/29 | 東京 | 東京優駿 | 2400 | 良 | 28 | 27 | 8 | 2:32.6 | 津田昭 | 57 | テイトオー |
| 〃 | 1966/6/19 | 東京 | 日本短波賞 | 1800 | 良 | 11 | 7 | 6 | 1:53.0 | 津田昭 | 55 | ヒロイサミ |
| 〃 | 1966/9/18 | 東京 | 京王杯オータムハンデ | 1800 | 不 | 8 | 3 | 2 | 1:53.4 | 野平祐二 | 52 | ハマテツソ |
| 〃 | 1966/10/9 | 東京 | セントライト記念 | 2400 | 良 | 14 | 7 | 3 | 2:29.2 | 野平祐二 | 56 | ヒロイサミ |
| 〃 | 1966/11/13 | 京都 | 菊花賞 | 3000 | 稍 | 19 | 14 | 2 | 3:08.5 | 野平祐二 | 57 | ナスノコトブキ |
| 〃 | 1966/12/25 | 中山 | 有馬記念 | 2500 | 良 | 14 | 6 | 3 | 2:37.1 | 野平祐二 | 54 | コレヒデ |
| 五 | 1967/1/22 | 中山 | アメリカジョッキークラブカップ | 2500 | 良 | 11 | 2 | 1 | 2:37.3 | 野平祐二 | 55 | (ブツシヤン) |
| 〃 | 1967/3/12 | 東京 | 目黒記念 | 2500 | 稍 | 13 | 1 | 1 | 2:37.4 | 野平祐二 | 58.5 | (ブツシヤン) |
| 〃 | 1967/4/29 | 京都 | 天皇賞・春 | 3200 | 稍 | 13 | 1 | 1 | 3:24.2 | 野平祐二 | 58 | (カブトシロー) |
| 〃 | 1967/6/25 | 中山 | 日本経済賞 | 2500 | 良 | 5 | 1 | 1 | 2:38.1 | 野平祐二 | 59 | (スズヒカリトツプ) |
| 〃 | 1967/11/11 | Laurel (USA) |
ワシントンD.C.国際レース | 2400 | 良 | 9 | 9 | 5 | - | 野平祐二 | 57.6 | フォートマーシーFort Marcy |
| 〃 | 1967/12/24 | 中山 | 有馬記念 | 2500 | 良 | 14 | 1 | 4 | 2:40.8 | 野平祐二 | 56 | カブトシロー |
| 六 | 1968/1/21 | 中山 | アメリカジョッキークラブカップ | 2500 | 良 | 8 | 1 | 5 | 2:39.9 | 野平祐二 | 59 | ニウオンワード |
| 〃 | 1968/3/31 | 中山 | ダイヤモンドステークス | 3200 | 重 | 12 | 1 | 6 | 3:27.9 | 野平祐二 | 61 | オノデンオー |
| 〃 | 1968/4/21 | 中山 | 中山記念 | 1800 | 良 | 14 | 2 | 8 | 1:53.1 | 野平祐二 | 61 | シエスキイ |
| 〃 | 1968/9/28 | 東京 | オープン | 1800 | 稍 | 8 | 2 | 1 | 1:49.7 | 野平祐二 | 55 | (クリアヤメ) |
| 〃 | 1968/10/13 | 東京 | アルゼンチンジョッキークラブカップ | 3200 | 重 | 6 | 1 | 1 | 3:23.6 | 野平祐二 | 57 | (スズホマレ) |
| 〃 | 1968/11/30 | 東京 | オープン | 2000 | 良 | 7 | 1 | 1 | 2:03.6 | 野平祐二 | 57 | (シゲミツ) |
| 〃 | 1968/12/22 | 中山 | 有馬記念 | 2500 | 不 | 11 | 2 | 3 | 2:46.6 | 野平祐二 | 55 | リュウズキ |
| 七 | 1969/1/19 | 中山 | アメリカジョッキークラブカップ | 2500 | 良 | 9 | 5 | 3 | 2:39.0 | 野平祐二 | 59 | アサカオー |
| 〃 | 1969/3/9 | 東京 | 目黒記念 | 2300 | 重 | 10 | 2 | 1 | R2:23.5 | 野平祐二 | 60 | (ダイパレード) |
| 〃 | 1969/3/20 | 中山 | ダイヤモンドステークス | 3200 | 不 | 5 | 1 | 1 | 3:36.4 | 野平祐二 | 62 | (ヒシヤクシン) |
| 〃 | 1969/5/11 | 東京 | アルゼンチンジョッキークラブカップ | 2600 | 重 | 12 | 1 | 2 | 2:43.7 | 野平祐二 | 59 | メジロタイヨウ |
| 〃 | 1969/7/26 | Ascot (GBR) |
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス | 2400 | 良 | 9 | 7 | 5 | - | 野平祐二 | 60.3 | パークトップPark Top |
| 〃 | 1969/8/31 | Deauville (FRA) |
ドーヴィル大賞典 | 2600 | 良 | 11 | - | 10 | - | 野平祐二 | 57 | ジャカオDjakao |
| 〃 | 1969/10/5 | Longchamp (FRA) |
凱旋門賞 | 2400 | - | 24 | - | 10 | - | 野平祐二 | 60 | レヴモスLevmoss |
| 〃 | 1969/12/21 | 中山 | 有馬記念 | 2500 | 良 | 15 | 6 | 1 | 2:35.1 | 野平祐二 | 55 | (アカネテンリュウ) |
| 八 | 1970/1/18 | 東京 | アメリカジョッキークラブカップ | 2500 | 良 | 11 | 2 | 1 | R2:34.9 | 野平祐二 | 60 | (アカネテンリュウ) |
| 〃 | 1970/5/5 | 中山 | アルゼンチンジョッキークラブカップ | 2500 | 良 | 8 | 1 | 2 | 2:34.8 | 野平祐二 | 60 | マツセダン |
| 〃 | 1970/5/31 | 阪神 | 宝塚記念 | 2200 | 良 | 7 | 1 | 1 | R2:13.3 | 野平祐二 | 54 | ホウウン |
| 〃 | 1970/6/21 | 中山 | 日本経済賞 | 2500 | 不 | 8 | 1 | 3 | 2:42.0 | 野平祐二 | 60 | アカネテンリュウ |
| 〃 | 1970/9/8 | 中山 | 毎日王冠 | 2000 | 良 | 5 | 1 | 2 | 2:03.8 | 野平祐二 | 62 | クリシバ |
| 〃 | 1970/10/18 | 京都 | ハリウッドターフクラブ賞 | 2400 | 重 | 15 | 1 | 7 | 2:39.7 | 野平祐二 | 55 | ニューキミノナハ |
| 〃 | 1970/12/20 | 中山 | 有馬記念 | 2500 | 良 | 11 | 3 | 1 | 2:35.7 | 野平祐二 | 55 | (アカネテンリュウ) |
| 距離区分 | 戦 | 1着 | 2着 | 3着 | 連対率 | 主な勝鞍 |
| 1400m未満 | 4 | 2 | 0 | 0 | 0.500 | |
| 1400〜1900m未満 | 7 | 3 | 1 | 0 | 0.571 | |
| 1900〜2200m未満 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0.500 | |
| 2200〜2800m未満 | 23 | 8 | 2 | 5 | 0.435 | 1970宝塚記念 1969有馬記念 1970有馬記念 |
| 2800m以上 | 5 | 3 | 1 | 0 | 0.800 | 1967天皇賞・春 |
| 芝コース通算 | 43 | 17 | 5 | 5 | 0.512 |
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| 競馬場 | 戦 | 1着 | 2着 | 3着 | 連対率 | 主な勝鞍 |
| 中山 | 21 | 8 | 2 | 4 | 0.476 | 1969有馬記念 1970有馬記念 |
| 京都 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0.667 | 1967天皇賞・春 |
| 東京 | 14 | 7 | 2 | 1 | 0.643 | |
| Deauville(FRA) | 1 | 0 | 0 | 0 | 0.000 | |
| Ascot(GBR) | 1 | 0 | 0 | 0 | 0.000 | |
| Longchamp(FRA) | 1 | 0 | 0 | 0 | 0.000 | |
| Laurel(USA) | 1 | 0 | 0 | 0 | 0.000 | |
| 阪神 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 1970宝塚記念 |
| 通算 | 43 | 17 | 5 | 5 | 0.512 |
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| ロイヤルチャレンヂャー Royal Challenger 1951 栗 |
Royal Charger | Nearco | Pharos | Phalaris |
| Scapa Flow | ||||
| Nogara | Havresac | |||
| Catnip | ||||
| Sun Princess | Solario | Gainsborough | ||
| Sun Worship | ||||
| Mumtaz Begum | Blenheim | |||
| Mumtaz Mahal | ||||
| Skerweather | Singapore | Gainsborough | Bayardo | |
| Rosedrop | ||||
| Tetrabbazia | The Tetrarch | |||
| Abbazia | ||||
| Nash Light | Galloper Light | Sunstar | ||
| Santa Fina | ||||
| Polite | Pommern | |||
| Starlight | ||||
| スイートイン 1958 鹿 |
ライジングライト | Hyperion | Gainsborough | Bayardo |
| Rosedrop | ||||
| Selene | Chaucer | |||
| Serenissima | ||||
| Bread Card | Manna | Phalaris | ||
| Waffles | ||||
| Book Debt | Buchan | |||
| Popingaol | ||||
| フィーナー | Orthodox | Hyperion | Gainsborough | |
| Selene | ||||
| Queen Christina | Buchan | |||
| Molly Adare | ||||
| Sempronia | Colombo | Manna | ||
| Lady Nairne | ||||
| Glenabatrick | Captain Cuttle | |||
| Jura |